ICAF2014カタログに掲載させていただいたクレイアニメーション作家の湯崎夫沙子さんのインタビュー記事を、より多くの方に読んでいただくため、WEB公開致します。 
*記事中の作品などについては2014年当時のものです。
*聞き手:若見ありさ(女子美術大学 講師)

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■湯崎さんはどういう学生時代を過ごされていたんですか?

さぼっていたというと言葉は悪いけど毎日新宿御苑に通って日向ぼっこしながら素晴らしい植物園で写生していたのよ。先生が授業中に言った事を自然の中で頭を冷やして、もう一度思い返して考えて...大自然を味わいながら休むのが喜びであり制作意欲を生まれさせる起点になっていると思うの。自分がさぼっているという感じを味わいながら。学校の授業以外で友達と楽しんだり。私の時代はまだアニメーションは身近ではなかったのよ。1950年でテレビはあったけど家庭に届いていない時代だから。そんな時に通っていた女子美術大学のグラフィックデザイナー河野鷹思先生がデザインの授業でテレビのテロップデザインをやってみなさい。という授業があったのよ。でも教室にテレビがあるわけじゃないのよ。河野先生は海外によく行かれている最先端のデザイナーだったからそういう面白い授業をされたのよね。その頃、既に日本では岡本忠成さんなどのアニメーションを作っている作家はいたの。でも私は図案科の学生だったから知らなかった。その授業でキューブの形が変わっていきながら、最後に中から目がでてくるというデザインをパネルに描いたの。テレビがまだ普及していない時に動きを想像してテレビのテロップを作った。というのが私のアニメーションの動き方を想像した出発なの。


■ じゃあ授業から受けた影響がかなりあったんですね?

そうよ。あの頃河野鷹思先生の授業でテレビのテロップ、動き方を考えたのは大きかった。でもそれ以外はレイアウトと彫刻ばかり。目に見えない所の動きを追求していたの。その時、彫刻作品を作って二科展に出展していたんだけど人間でも手でもその形を作ったらそれで終わってしまうでしょ?トルソーを作って出展しても意味が無いような気がして。トルソーの中に何を含めているのか...いつも秋に展覧会をしていて、でも冬に向かっての厳しさを乗り越えて春に向かう力が無い。というのをテロップデザインの勉強を踏まえて感じたので、もっと動かして抽象的なものをやろうと思い二科展に出展したら銀賞だとか特選賞を受賞して、イタリアに国費留学できることになったの。


■ なぜイタリアだったんですか?

小さい頃からアートについて父が興味あって木村伊兵衛さんの写真集が家にあって、ヨーロッパの光と影の美しさを知ったわけ。シエナとかの石畳の風景。学生の時に石畳が続いている修道場の美しさをみた時に日本には無い美しさを感じて、日本はほんわりした感じで霧につつまれた印象なんだけど、ヨーロッパの鮮明なイメージに憧れて外国に行ってみてみたいと思っていたのよね。それでもその時は外国に自由に行く事は出来なかったの。唯一方法は試験を受けて国費留学生になること。最初にパリを受けた時は目的がはっきりしていなかったから落ちて、そんなに甘いものじゃないんだと思って何がやりたいか自分にもう一度問いかけて、大学の助手をしながら彫刻を作り二科展に出品したりしていたの。


■彫刻でイタリアに国費留学したのにどうしてアニメーションを作る事になったんですか?

イタリアに行って夕食会があって、そこでたまたま出逢ったのがフェルネット・ブランカ(イタリアのお酒の会社)のテレビ広告ディレクターで、あの頃テレビの広告というのは1分間こどもの為のおあそびでブルーノ・ボツェットとか色々なアニメーターが手がけていたの。そのディレクターと一緒に夕食をとった時に私の抽象作品の写真を見せたら「フサコ、なんでこれをアニメーションにしないのか?」って言われて。別の日にスタジオに行って、粘土でアニメーションできないか?というサジェスチョンの元にアイデアができていったの。 でも失敗もしたわ。当時はフィルムで放映ギリギリに現像があがって、そうしたら呼び出されて「フサコ、なんで昆虫ばっかりでやったんだ!お酒の広告でこんな事やったら困る!まるでアル中の見る夢のようじゃないか!」と言われてその作品は放映されなかったの。それから私のイタリア語の先生をしてくれていたアニエーゼにヨーロッパ人のメンタリティに触るかどうかアイデアをチェックしてもらうようにしたの。地球が割れてピストルが出て、、そういうアイデアも出たけど検査で引っかかってだめになったわ。

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■湯崎さんのアニメーションはとても生き生きとしているのですが、粘土にいのちを吹き込むコツというか心構えのようなものはあるのでしょうか?

コンピューターの無い時期からやっているから頭の中に「やろう!動かすぞ!」という意欲が入ってくるわけよ。そして集中することが必要。今私のスタジオでもコンピューター担当や粘土担当のスタッフがいるけどみんなイヤホンしながら制作しているの。どうしてそういうことができるのかわからないわ。だってPeoが右から左へ歩くアニメートをする時、悲しい時には耳が塞がっているかもしれないし鼻が曲がっているかもしれない。嬉しい時はスキップして少し上を向いているかもしれない。有名なアニメーターの知り合いにも右から左への歩きはメモリに入れておいて使い回せば良いと言われるけど、それは受けつけられないの。私のアニメーションは短い中でアニメーターの気持ちをフィルムの中に入れたいと思っているから。動きに生命を吹き込む事がアニメーターの根本だと思う。それは簡単なことじゃないし粘土は立体的なので集中力が無いと出来ないのよね。 コンピューターのソフトは便利で動きは簡単に出来るけど生命が入らないのよ。動いているようには見えるけど、作品のやさしさや悲しさが入っていない感情が無いアニメーションになるわ。その方が早いから量はできるけど質は下がる。そして一旦つくった素晴らしい作品を崩す事。崩す事によって新しい命を吹き込む事ができるの。でもそれだけ集中しても1日に4秒撮影できるくらいかしら。


■ 湯崎さんの作品は生き生きと形が変わりメタモルフォーゼしていくアニメートが特徴ですよね。

今コンピューターでもメタモルフォーゼが簡単にできるけど、粘土っていうのは私たちが死んだら元に戻る形で泥なのよ。泥のアニメーションをしてるわけ。泥は泥らしくアニメーションしないと粘土でやる意味ないわけ。コンピューターならツルツルで完璧な完全なものが作れる。でも粘土の場合どっちの方の細胞から崩れていくか、内蔵から崩れていくかもしれないし頭がくずれるかもしれない...粘土の1つの形でも崩れ方が違って来るのよ。メタモルフォーゼのやり方も100人100通りのやり方ができるの。私は私なりのメタモルフォーゼをやったので、若い人には自分でやって発見して欲しいと思うんだけど発見するまでの時間っていうのは長いね、難しい。私の真似すれば私のようにはできるけど。みんながもっと自由に追求すればいいんじゃないかなぁ。メタモルフォーゼの追求も。1つの形が変わるのに色々な種類のメタモルフォーゼをつくるとか。1秒間に8コマだけどそれが何百コマでスローモーションに見えるようなメタモルフォーゼを私は望んでいるの。私が前から思っていたやりたいことはイタリアのテレビでは25コマで1秒なんだけど、ひとつのメタモルフォーゼを1秒間120コマの粘土のメタモルフォーゼとか。大変で死んじゃうけどやりたいなぁと思っているの。

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■今はあたらしい作品を制作中ですよね。

そう、今制作してるのよ『OTO』。これは音楽じゃなくて“音”よ。『OTO』のキャラクターはタコなんだけど、このアイデアを最初某テレビ局にもっていったらタコは難しいみたいね。オクトパスはデビル・フィッシュと言われているから。アメリカの方がね。地中海ではいいのよ。それで一旦このアイデアは仕舞っておいていたの。それから少し経って、私も70歳になるんだし、イタリアの映画祭『Cartoons on The Bay』で私の最後のプレゼンテーションをして辞めようと思っていた時にイタリア国営テレビの責任者が会見で「フサコはもっとやらなきゃならない。もっと大きいものをやるべきだ!」と言われたの。その時に3DCG制作会社が私になにかアイデアあるか?と聞かれたので『OTO』を見せたの。そうしたら面白い!やろう!ということになって。粘土とコンピューターでやると早くて簡単にできるって騙されたの。コンピューターの勉強にはなっているけど今完成したのは6本。ヴェルディ、ベートーベン、バッハ、ショパン、シューベルト、ロッシーニ。撮影に入ったのは9本目。最終的に全部で26本作るの。なにしろ3DCGに時間かかるのよ。粘土だけだったらもう全部終わってたわ。粘土ですぐできることが3DCGだとすぐできないのよ。もうひとつはステレオスコープなので粘土も今まで通りのように作れないのよ。でもイタリア国営テレビでは、はじめてのステレオスコープで私にとっても思いもかけない世界への新しい挑戦だわ!


■全くの新しい挑戦ですね。

辞めようと思った時に声をかけられたのはチャンスだから、できるなら素直にやらないとね。ネガティブなものはダメだけどポジティブになる可能性があれば大変でも人生素直に生きていかないと。とても勉強になっていると思うわよ。自分1人でやるアニメーションとみんなで協力してやるアニメーションは違うから大変な部分も多いけどこれも1つの縁だと思ってやっているわ。


■ 新作『OTO and MUSIC』はどんな作品なんですか?

赤いタコが世界の音楽家のそれぞれの時代に飛び込んで、音楽家と一緒に『OTO』を作り上げたりファンタジーやマジックで遊んで、子ども達とこのシリーズを通して『OTO』と触れ合うのが目的なの。なぜ『OTO』かっていうと、私達は土から生まれたけど、生命の源は水なのよ。水には波・ウェーブがあり“波”が無ければ音は通ってこないでしょ。自分から発したものが波を仲介してはじめて相手に届くの。それがコミュニケーションなの。波から出て来るウェーブ=音、それを視覚的にみて海や波を考えたの。波を伝って、世界の音楽家と一緒にこの『OTO』が音楽とお友達になって音楽を作り上げたり音楽家のファンタジーの中で遊びましょう。っていうお話。

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■ 素敵な作品ですね。ぜひ日本で観られるのを楽しみにしています。それでは最後にアニメーションを制作している若者にメッセージを頂けますか?

まずなんでこれがやりたいか?どういうアニメーションで何を伝える為に作るのか?よく考える事が大切。そして自分自身を見つけるという事も。作り始めると一コマ一コマ長い作業でしょ。作っているときに忘れちゃうの。“伝えたいこと”がちゃんと入っているかどうか、制作しながらいつも振り返る。自分の気持ちを入れない作品はダメ。若い時に作れる力でやればいいのよ。今の学生はうまくやろうとするけど、上手い人は上達しないの。なぜかそういう傾向があるわね。自分自身を崩して一からなにか作ろうというのが無いと。自分を守ってばかりいちゃダメよ。若いんだから! そして喜びながら好きな事は続ける、最後完成するまで!人生も長いしアニメーションも長い。制作している途中で面倒になったり本随を忘れちゃうのよ。それを忘れずに自分が決めた事をする。やりたい事をきちんと目標もって続ければ絶対成功する。みんなが認めなくても自分の信念を持って続けていればいつか理解され認められるやり遂げることができる。好きな事は目的を失わずに続ける事が大事。 私もミラノに着いてブレラアカデミィでルチアノ・ミングッチィ教授から彫刻を学んでいた頃に、スイスから来ていた学生の1人が一生懸命彫刻を作ってたの。でもすごく下手で変なものばかりつくってるの毎日。変な人だなぁと思っていたけど、毎日一生懸命やっていてとても熱心な学生だったのね。好きじゃないとあれだけ熱心に毎日できないなぁ。って。その時の学生は今や有名な現代彫刻家になって彼の作品はスイスの街角にあるのよ。やっぱり好きな事を努力して熱心にやり遂げたんだな。って。好きな事はやり遂げるのよ。なりたいと思ったらなるの!決めたらやるの!それを続ければ自分の道が開けて来るの!人間生きてるとチャンスがあるし幸運もある。自分で精一杯やりたいことを続けてやっていれば幸せに繋がる。特に学生の時期はそういう風に思えないかもしれないけど、大切な事なのよ。運もあるけど諦めずに続けていたからチャンスが来た時にそこにのる事が出来るのよ。運は自分で作るの。自分の目的に合ったチャンスを自分のものにするのよね。その為には好きな事なんだから多少辛くても続けないと。努力して続けた人にチャンスはめぐってくるのよ。

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湯崎夫沙子(Yusaki Fusako)

1960年女子美術大学芸術学部美術学科図案科卒業。64年イタリア政府給費留学試験に合格しミラノへ留学。その後、数々のクレイアニメーション作品が脚光を浴び、現在も、ミラノを拠点にクレイアニメーション作家として活躍中。欧州と日本のテレビ局と多数仕事をする傍ら、数々の国際アニメーション・フェスティバルの審査員を務める。‘85年迄のアニメ映画集は原美術館のコレクションとして収蔵されている。現在、NHK教育テレビでも湯崎さんの制作したクレイアニメーション作品「ナッチョとポム」が放映されており日本の子供達からも高い人気を博している。現在新作のクレイと3DCGによるステレオスコープ作品「OTO and MUSIC」シリーズを制作中。